東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)71号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 要旨認定の誤りについて
原告は、本願明細書における特許請求の範囲の表現が適切さを欠いているものであることを認めているものの、審決が、本願発明の要旨認定に当り、澱粉等の微粉末の添加量を、カプセル液固型分重量すなわち「カプセル重量」に対して<省略>以上であると解すべきにかかわらず、カプセル及び澱粉等よりなる「分散物」に対して<省略>以上と認定したのは誤りであると主張している。
そこで、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、第三号証、第五号証、第六号証及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
<い> 本願明細書における発明の詳細な説明をみると、冒頭に、「本発明は感圧記録紙に関する。詳しくは澱粉あるいは澱粉誘導体微粒子粉末を含有する感圧記録紙に関する。」(本願公報一欄一六行ないし一八行)とあるから、本願発明においては、澱粉等の添加量が本願発明の構成に欠くことのできない事項の一つであることが明らかであるので、当然に存在すべきその構成を示す記載を追つてみると、「本発明の目的はカプセル液に澱粉あるいは澱粉誘導体微粉末粒を混合分散させることにより達成される。」(同二欄七行ないし九行)、「これらの澱粉粒をカプセル液に添加使用するにあたつては………他の諸性能と合わせて最大の効果を得るためには添加量粒度を適当に選ぶことによつて達せられる。」(同欄二八行ないし三二行)、さらに澱粉等の粒度と添加量について、「適当な粒度とはカプセル粒子の一・五~二倍前後であり………またカプセルサイズ以下の粒子の大きさのものは効果が小さく、カプセルに対する添加割合を増さねばならぬ。適当な添加量とはカプセル液固型分重量に対する割合が<省略>以上望ましくは<省略>~1である。」とされ、実施例1について「生成したカプセルは平均粒径一〇ミクロンのもので最終的に二%(二〇%の誤記と認められることについては後記<は>参照)固型分濃度に調整した。」(同四欄一七行ないし一九行)、「このカプセル液(温度三〇度C)一〇〇部(重量部)にコンスターチ………二〇・〇各部(重量部)添加良く混合分散した。」(同四欄二〇行ないし二四行)と説明が行われており、前記一連の発明の詳細な説明からみると、本願発明における澱粉等の添加量は、「カプセル重量」に対しての割合として開示されているものと解し得られこそすれ、審決認定のように、カプセルと澱粉等の混合物としての「分散物」に対する割合としては、何ら開示する記載はない。
しかも、審判手続中に原告が提出した昭和五五年二月一二日付意見書には、「澱粉微粉末の量をカプセル液固型分重量に対する割合で<省略>以上、望ましく<省略>~1に選択する(………)ことが必要であります。」(四頁六行ないし九行)、更に、昭和五五年七月二八日付意見書には、「第二表において、添加量はカプセル液固型分に対する澱粉粒子の重量比にて表示した。」(四頁末行ないし五頁一行)と記載されており、前記した発明の詳細な説明における開示を出願人の意図として裏付けている。
<ろ> 仮に本願発明における澱粉等の添加量が、審決認定のとおり、カプセルと澱粉等の混合物としての「分散物」に対する割合のものであるとすれば、発明の詳細な説明において、それを裏付けるに足る記載がなければならないのに、その開示が全くなく、かえつて「カプセル重量」に対する割合として説明されており、審決が本願発明の要旨認定の根拠とした出願公告後の昭和五五年二月一二日付手続補正による特許請求の範囲は、特許法第三六条第五項の規定に反する表現上適切さを欠くものと認められることになつたのにもかかわらず、その手続補正後の昭和五五年六月七日付拒絶理由通知書には、この点については全く触れておらず、本件出願に対する審理としては矛盾するところがある。
<は> 本願明細書における発明の詳細な説明の、澱粉粒子等に関する「適当な添加量とはカプセル液固型分重量に対する割合が<省略>以上望ましくは<省略>~1である。」(本願公報三欄二一行、二二行)との記載に照らし実施例1を検討すると、その「二%固型分濃度」(同四欄一八行、一九行)が正しい記載であるとするならば、実施例1の表において、澱粉粒子のカプセル液固型分重量に対する割合が、右の望ましい範囲内にあるサンプルはサンプル2のみであり、サンプル2より効果のすぐれているサンプル3ないし8の他のサンプルはすべて右の望ましい条件を満たさず、サンプル8にいたつては、その割合は一〇倍にも及び、右望ましい範囲を大幅に逸脱していることとなり、実施例の記載内容としては奇異の感を免がれ難いものとなる。これに対し、右「二%固型分濃度」の記載が「二〇%固型分濃度」の誤記と解すれば、実施例1の表の各サンプル中、サンプル3ないし8が右望ましい条件を満足することとなり、しかもこれらのサンプルにおける澱粉粒子の添加割合は、<省略>~1の範囲内にあつて、サンプル1、2に比し40kg/m2加重圧による発色濃度においてすぐれた効果を示しており、実施例として典型的なデータを開示するものとして容易に理解することができるものとなる。したがつて、実施例1の「二%固型分濃度」の記載は、前後の脈絡と明細書の通常の記載方法に照らし、「二〇%固型分濃度」の誤記と解すべきものである。
<に> なお、本願明細書における「カプセル液固型分」という記載は、前記(本願公報三欄二一行)したものの外、二箇所(同四欄二五行及び五欄一三行)に認められるが、前示したものが澱粉等の添加量に関する開示部分に存するのに対し、後二者は、実施例の説明としてカプセル液に対する澱粉等の添加を了えた段階での混合分散液の原紙支持体に対する塗布について用いられているから、これを前一者に対する<い>の項説示と異なり、カプセル及び澱粉等の混合物を表現するものと理解するのが相当である。
以上、<い>ないし<に>の各事実を総合すると、昭和五五年二月一二日付手続補正書によつて補正された本願発明の特許請求の範囲の記載は、その文言上適切さを欠くものであり、特許法第三六条第五項の規定に反するおそれなしとせず、更に、発明の詳細な説明の項にわたつて疑義を招き兼ねない不適切な表現、重大な誤記を散見するとしても、少なくとも本願発明の要旨としては、澱粉等の微粉末の添加量の割合については「カプセル重量」に対して<省略>以上として解するのが、本願明細書の前後の脈絡上合理的であり、これを特許請求の範囲記載のとおりとしながらも、文言どおり、カプセル及び澱粉等よりなる「分散物」に対して<省略>以上であるとした、進歩性判断の過程における審決の実質的な要旨認定は誤りといわねばならない。
2 進歩性の判断について
前掲甲第二号証の一・二、第三号証及び第四号証によつて、本願発明におけるカプセル液に添加すべき澱粉等の大きさの限定及び量の限定(特許請求の範囲の記載を前1項認定の趣旨に解して)による作用効果、その数値限定による臨界的意義について検討すれば、次のとおりである。
(一) サイズ比を約一・五~二倍にした効果について
本願明細書中の実施例及び比較例についてサイズ比と抗加圧値との関係をみると、次のとおりである。
<イ> 実施例1においては、サイズ比は一・五倍であり、その際の抗加圧値は澱粉等微粉末の添加量により〇・一八~〇・〇一にわたつて変化している。
<ロ> 実施例2においては、サイズ比は二・〇倍であり、澱粉等微粉末添加量<省略>において抗加圧値は〇・〇五である。
<ハ> 実施例3においては、サイズ比は〇・五倍であり、澱粉等粉末添加量<省略>において抗加圧値は〇・〇七である。
<ニ> 実施例4においては、平均粒子サイズ一〇ミクロンのマイクロカプセルを用い、粒径範囲二~四〇ミクロンの小麦澱粉を添加量<省略>添加し、抗加圧値〇・〇四であつたことが示されているが、小麦澱粉の平均サイズが不明であるためサイズ比は明らかでない。
<ホ> 実施例5においては、平均粒子サイズ一〇ミクロンのマイクロカプセルを用い、粒径範囲五~三〇ミクロンのエステル化トウモロコシ澱粉を添加量<省略>で添加し、抗加圧値〇・〇六であつたことが示されているが、エステル化トウモロコシ澱粉の平均サイズが不明であるため、サイズは明らかでない。
<ヘ> 比較例においては、平均粒子サイズ一〇ミクロンのマイクロカプセルを用い、粒径範囲一〇~九〇ミクロンのエーテル化馬鈴薯澱粉を添加量<省略>で添加し、抗加圧値が〇・〇六であつたことが示されているが、エーテル化馬鈴薯澱粉の平均サイズが不明であるため、サイズ比は明らかでない。
右<イ>ないし<ヘ>の結果により、原告の主張を加味して、実施例1ないし5および比較例についてサイズ比と抗加圧値との関係をみると、これらにはサイズ比が約一・五倍、約二・〇倍、約三・〇倍の場合についてのみ抗加圧値が示されているのみであつて、サイズ比が約三・〇倍の場合と本願発明のサイズ比の範囲内のものとの比較において見るべき顕著な差を見出し難いとともに、サイズ比が約一・五倍以下の場合における加圧値の結果が示されていないので、サイズ比を一・五~二倍にしたための特段の作用効果があるということはできない。
(二) 澱粉等微粉末のサイズを五〇ミクロン以下とした効果について
本願明細書には澱粉等微粉末のサイズが 「五〇ミクロン以上の粒子サイズになると塗面にザラツキが生ずる。」(本願公報三欄三行、四行)と記載されているが、澱粉等微粉末のサイズが大きくなるほど、それを塗設した紙面のザラツキが大きくなるのは当然予測されるところであるし、澱粉等微粉末のサイズを五〇ミクロン以上にした場合と五〇ミクロンにした場合とにおける紙面のザラツキについて感圧紙としての効果上の相違がどのようなものであるかについて、前記各実施例・比較例に全くない。したがつて、本願発明において澱粉等微粉末のサイズを五〇ミクロン以下にしたことによる効果が特段のものであるとすることは到底できない。
(三) 澱粉等微粉末の添加量をマイクロカプセル重量に対して<省略>以上とした効果について
原告は本願において感圧紙における抗加圧値の許容値を〇・二〇以下としているが、(昭和五五年七月二八日付意見書((以下「意見書」という。))八頁一行)、この前提によつて前記実施例1の結果をみると、本願発明の限定の範囲外である澱粉等微粉末の添加量が〇の場合も<省略>の場合も、限定の範囲内である<省略>以上のときと同様に右許容値の範囲内にあるし、サンプル1ないし8によつてマイクロカプセルに対する澱粉等微粉末の添加量が増加するほど抗加圧値が減少することはみられるけれども、その減少状態の推移自体をみても、添加量<省略>の点で臨界的に抗加圧値に変化をきたしているとすることはできないし、右事実を加味すれば、結局、当業者が実施に際し適宜決定し得る程度のものというほかなく、特段の効果とすることはできない。
(四) 澱粉等微粉末のサイズの限定及び添加量の限定の相乗による効果について
前記各実施例、比較例を検討してみても、何らこの点に関する具体的な開示がないので、顕著なものとすることはできない。
(五) 意見書による実験データの補足について
意見書添付の第三表によつて検討すると、<a>平均カプセルサイズ及び平均澱粉粒子サイズの何れについても幅を持つた数値の範囲で示されているので、サイズ比が明確に示されているとはいえないし、<b>その範囲内での相互の対比値の設定如何によつては本願発明の数値限定の範囲外となり、しかも、基準とされるF・R・値、P・R・値が許容範囲にあることになり、その数値的限定の技術的意義が不明確なものとなり、<c>また澱粉添加量の変化に基づく抗加圧値の差異も必ずしも全体を通じて顕著なものといえず、右諸点からみて、前記(一)ないし(四)の検討内容を補つて本願発明の数値限定による効果を顕著であるとするものということは到底できないところである。
以上(一)ないし(五)のとおり、本願発明の作用効果、その数値限定による臨界的意義について顕著なものがあるとはいい難く、この点からその進歩性を否定した審決の判断に誤りはないというべきである。
三 結論
そうすると、審決は本願発明の実質的な要旨認定の判断過程において誤りがあるものの、その点を加味しても、発色剤を含有するマイクロカプセルと澱粉等の微粉末を含む分散液を塗設した感圧紙が、引用記録紙によつて本願出願前公知公用されていたことが当事者間に争いのない以上、右感圧紙における澱粉等微粉末のサイズ及び添加量を数値限定する本願発明の進歩性を否定した結論において誤りはないということができるから、本願発明を容易に推考することができたとする審決の判断は結局正当であつて、違法とすることはできない。
よつて、審決の取消を求める原告の請求は失当として棄却する。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
支持体上に少なくとも、発色剤を含有するマイクロカプセルと澱粉又は澱粉誘導体の微粉末よりなる分散物を塗設してなる感圧記録紙において、前記澱粉又は澱粉誘導体の微粉末のサイズが五〇ミクロン未満でかつ前記マイクロカプセル粒子のサイズの約一・五~二倍であり、前記澱粉又は澱粉誘導体の微粉末の量が前記分散物の固型分重量に対して<省略>以上であることを特徴とする感圧記録紙。